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<<   作成日時 : 2009/04/03 22:14   >>

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オックスフォードサーカスとピカデリーサーカスを結ぶリージェントストリート。
そこから少し入ったところにリージェントストーリートと並行に走るサヴィルロウという小さな通りがある。
日本語の背広の語源とも言われている。ここは名門の仕立て屋が軒を連ねる、スーツ発祥の地。
私は「仕立てる」という言葉が好きだ。
丁寧、誠実、しっかり、落ち着き、分相応。
私が「仕立てる」という言葉から連想するのはこういうイメージだ。
そのままスーツのイメージにもつながる。お客の体型、好み、職業、イメージそういうものをすべて鑑みて一番ふさわしいスーツを作る。できあがったスーツは着る人をあらわす鏡になる。
あるいはこう見せたいという理想のあらわれでもある。
男性にとってスーツはある意味戦闘服だ。多くの女性にとってファッションやメイクが自分の女性としてのアイデンティティと切り離せないものであるように、男性にとっても仕事に着ていく服は自分の職業人として、あるいは男性としての評価につながるものだと思う。女の子がキマらない洋服の日やメイクがうまくいかなかった日、なんだか憂鬱な気分になるように、男の人もイマイチ自分に似合わないスーツを着て出勤する日は憂鬱なんじゃなかろうか。
面接に受かりたい、大きな契約を決めたい、彼女にプロポーズしたい。
男の人だって人生の一大事、大舞台では自分の中で一番かっこいいスーツを着るはずだ。

吉本の芸人さんの中には、売れるまで無理してでも少し自分のお給料からするとレベルの高い部屋に住むという風習があるらしい。そうすると次第に名が売れてその部屋が分相応のお部屋になるというジンクス。
他にもジュエリー(時計)や靴は自分より少しレベルの高いものを買うといいと言われたりする。
自分がそういう高級なものを身につけているというイメージが、自分を上のステージへ持ち上げてくれる効果があるのだろう。
サラリーマンのほとんどが毎日身につけるスーツ。心理的に影響しないはずはない。
少し質のいいものを着れば、自分にぴったりフィットしたものを着れば、自然と背筋も伸びる。
自分の中身を外側に合わせようとするから、周りの評価もかわってくるだろう。
それくらいスーツはサラリーマンの仕事に影響すると私は思っている。

私は女性だけど、こんなにスーツを熱く語るのは、スーツ姿の男の人が好きだからだ。
というかほとんどの女の人はスーツ姿の男の人が好きだと思う。
浴衣を着た女の子と一緒。スーツを着た男性は3割増にかっこいい。
もちろんくたっとしたしわしわのよれよれのじゃなくて、ぱりっとした清潔感のあるやつじゃなきゃだめ。
ホストが着るようなチャラチャラしたいやらしいものじゃなくて(着方の問題かもしれないけど)、
おじさんが着ているようなダボダボしたものじゃなくて、
若いサラリーマン一歩手前の男の子が「親父からもらった」って着てる明らかに合わないものじゃなくて、
もっときちんとその人のサイズの合った、質のいい、落ち着いたスーツがいい。

サヴィルロウは通りすべて仕立て屋さんだ。
その外観を一軒ずつ見ていくと、本当にそれぞれのカラーがあってディスプレイもお店の雰囲気も様々だ。
老舗の落ち着いた店構え、新しさをアピールするもの、個性的なデザインを売りにするもの。
でもどの店も生地が並び、奥や地下にはミシンや道具が置かれる作業場のようなところがあって、
それらを見るとなんだか心がほっとするというか、あたたかい気持ちになる。
ここで生地を選び、採寸をして、切ったり縫ったりして、時間をかけてその人だけの作品ができるのかと思うと感慨深くなる。

今日こんな日記を書いたのは、練馬の図書館に行く道で、仕立て屋さんを見つけたからだ。
小さなお店だが1930年代から続く老舗のようで、ピシっとしたスーツを着た初老の男性が、
お客さんのフィッティングをしている光景を見た。
東京で初めてみる仕立て屋さん。こんなに身近なところで出くわすなんて。
すごくしあわせな発見だった。
何気なく入った喫茶店の紅茶がすごくおいしかったとか、頂き物のお菓子がすごくおいしかったとか(食べ物のことしか考えていない気もするけど)そういう類のしあわせだ。心がほっこりするような。
入ってみたいけど、入る勇気がない、というか入る理由がない。。
何回か素通りしてしまった。怪しまれていないか不安だけど。

私はきっと職人にあこがれるのだ。人の黙々と何かに熱中してひとつのことを続ける姿が好きなのだ。
そして私もそうなりたいと思うのだけど、飽きっぽい性分の私には難しい。
テイラーとして一人前になるには最低でも10年修行をつむそうだ。
10年・・気の遠くなるような時間。テイラーとして生きる人生を選べば、それからもひたすらスーツを作り続ける日々。これは仕事を愛していなければなかなかできないことだ。
私が職人にあこがれるのは、愛を感じるからかもしれない。
ひたむきに何かを続けるということは、それを愛しているということだ。
愛して自分を捧げる覚悟ができているということだ。

飽きっぽい私が自分を捧げてもいいと思えるものに出会えるだろうか。
それとももう出会っているのか。覚悟ができていないだけなのか。
まだまだわからない。



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